創業天保十一年

仁万屋-料亭NIMAYA

日本海の新鮮な魚、三瓶山の山の幸が味わえる老舗料亭「仁万屋」は、
石見銀山遺跡への玄関口にあります。

〒694-0064 島根県大田市大田町大田ハ187
【ご予約専用フリーダイヤル】0120-65-1050

周辺の観どころ

女将の寄り道スポット

大田市にはまだまだおすすめの場所がたくさんあります。地元ならではの隠れたスポットをこっそりご紹介します。

春光園


春光園

 

仁万屋のすぐ隣にあるお茶屋さんのお店が「春光園(しゅんこうえん)」。抹茶パフェなど甘味も飲み物も豊富でどれも美味しい!お友達とおしゃべりしながら過す穏やかなひとときは格別よ〜〜〜!
お持ち帰りの定番は、手づくりのアイス!仁万屋にお食事でお越しの際は、スイーツを楽しんで爽やかな甘味のアイスもお土産にどうぞ ^o^/

物部神社

 

物部神社

 

国道375号線から三瓶方面へ向かい、東へ少し入ると物部神社(島根県大田市川合町)が見えてきます。物部神社の御祭神は、宇麻志摩遅命(ウマシマジノミコト)で、物部氏の初代と言われています。
その昔、宇麻志摩遅命が石東の地を平和で豊かな国とするために、鶴に乗ってご降臨されたという伝説があり、全国でも唯一この物部神社にだけ、真っ赤な太陽を背にした鶴が御神文として定められています。父親が饒速日命(ニギハヤヒノミコト)、おじいさんは素戔嗚神(スサノオノミコト)。創建が514年と言いますから、大化の改新以前で、しかも聖徳太子も生まれていない頃からある由緒ある神社なのです。
物部氏と言うと大和朝廷の豪族であり、武(軍事と警察)を司った氏族としても知られていますが、物部氏に関係のある神社は、その多くが金山や銀山などの鉱山があるところに建立されているとか。どうやら金や銀を祈祷に使っていたのではないかと思われるふしがあります。石見銀山が発見されるよりも、1000年位前のことですが、既に銀山の存在を知っていたのかもしれませんね。その由縁からか、金・銀・銅で作られた珍しい金属製のお守りがあります。
また、物部神社は「石見一宮」を称していますが、この『一宮(いちのみや)』とは、江戸時代以前の日本の諸国で最も社格の高い神社のことをいい、中央からのお達しなどを最初にその神社に伝えることになっていました。島根県では出雲地方の「出雲大社」、「熊野大社」がそれです。
物部氏の総氏神は奈良県の石上神社(イソノカミ)ですが、この石上神社と表裏一体をなし鎮魂祭を伝承・斎行しているのが物部神社であり、特に物部神社の鎮魂祭は宮中において斎行される鎮魂祭に最も近いといわれています。
現在物部神社では、平成25年に社殿創建1500年を迎えるにあたり、「社殿創建千五百年記念事業計画」が進められています。ぜひ、この機会にご参拝いただき、強運をお持ち帰りください。
お手水の水の溜まっているところが、勾玉(まがたま)の形になっていて、周りにも勾玉が4つ彫られています。これらに触れるとそれぞれのご利益が頂けるとか・・・。

>>物部神社ホームページ

三瓶ダム

 

三瓶ダム

 

三瓶ダムを少し過ぎると左手に「円城寺」の看板があります。ここで左折し、曲がりくねった道を登っていくと天台宗の古刹、霊椿山(れいちんざん)・円城寺(島根県大田市野城町)にたどり着きます。
開山は朱雀天皇(930〜945)の頃、朝満上人が殉教の時に椿の杖をこの地に投じて開基のゆかりにしたという伝説から山号を霊椿山といいます。
御本尊は千手観音で、行基菩薩の御作と伝えられています。千手観音は、千の慈眼、千の慈手を具として衆生を済度される菩薩です。千手というのは、菩薩の手の及ぶ範囲が広大で、その方便が無量であることの象徴とされています。
盛時には四十八坊を有し、寺領三千石とも言われ、広壮な規模を誇っていましたが、戦国時代、毛利氏、尼子氏などの銀山をめぐる戦乱に巻き込まれて灰に帰しました。
現在の伽藍は仁王門、観音堂、鐘楼、経堂、庫裏を残すのみですが、石仏や五輪塔など、古寺の姿が偲ばれます。

円城寺

 

円城寺

 

三瓶ダムを少し過ぎると左手に「円城寺」の看板があります。ここで左折し、曲がりくねった道を登っていくと天台宗の古刹、霊椿山(れいちんざん)・円城寺(島根県大田市野城町)にたどり着きます。
開山は朱雀天皇(930〜945)の頃、朝満上人が殉教の時に椿の杖をこの地に投じて開基のゆかりにしたという伝説から山号を霊椿山といいます。
御本尊は千手観音で、行基菩薩の御作と伝えられています。千手観音は、千の慈眼、千の慈手を具として衆生を済度される菩薩です。千手というのは、菩薩の手の及ぶ範囲が広大で、その方便が無量であることの象徴とされています。
盛時には四十八坊を有し、寺領三千石とも言われ、広壮な規模を誇っていましたが、戦国時代、毛利氏、尼子氏などの銀山をめぐる戦乱に巻き込まれて灰に帰しました。
現在の伽藍は仁王門、観音堂、鐘楼、経堂、庫裏を残すのみですが、石仏や五輪塔など、古寺の姿が偲ばれます。

霊椿山(れいちんざん)展望台

 

霊椿山(れいちんざん)展望台

 

円城寺を後にして、さらに山頂を目指します。頂上にはテレビ塔があり、その先へ足を進めると目の前に広がるパノラマの絶景に圧倒されます。ここからの三瓶山の眺望は素晴らしく雄大で、朝夕刻々に変化する山容、四季とりどりの情景が楽しめる一大景勝地といえます。
また、眼下には三瓶ダム、正面には、大江高山をはじめ、石見銀山をめぐって毛利・尼子氏が争った古戦場や、仙の山、矢滝城山、要害山(山吹城跡)などの山並みが見え、しばし静寂のなかで古き時代に思いを馳せることができます。
また、お天気の良いときは、右手に大田市街地や久手海岸などを望むこともできます。あまり紹介されていないスポットなので、車の方は一度登ってみられるとよいでしょう。

御勘弁飯